相図上の気液曲線の終点を越えた超臨界状態は、分子分布が極めて不均一な複雑系媒体としてよく知られている。しかしながら、このような複雑系にも特徴的な局所構造が存在していることが、申請者らが行っている分光測定より明らかになりつつある。すなわち、気液曲線の延長線付近を境に超臨界流体の「局所構造」が、気体的-液体的な領域に変化する。本研究では、超臨界状態の局所構造が液体的領域と気体的領域に二分する付近において、分子の立体配座がクラスターサイズとどのように相関しているのかを、振動ラマンスペクトルの観測から明らかにする。 本研究では、まず最初に高温・高圧下でのラマン分光測定が行える、超臨界流体用高感度ラマン分光装置の開発を行った。開発した装置の構成は、サンプルセル・ラマン光学系、計測・制御プログラムである。その結果、温度400℃、圧力250気圧の過酷条件下での超臨界流体において数分で高精度なラマンスペクトル測定が可能となった。この装置を用いて、超臨界シクロヘキサンの振動ラマンスペクトルの測定を行った。なお、超臨界シクロヘキサンのラマンスペクトル測定は、本研究が初の試みである。実験は、等温条件下での対称性の異なる骨格振動の振動ラマンスペクトルを測定し、これら振動モードの圧力依存性の解析を行った。その結果、気液曲線の延長線付近において、両者の強度比が顕著に変化した。この圧力依存性の結果は、既報のNMR測定によるシクロヘキサンの結果とよく対応し、その結果はシクロヘキサンのイス型-フネ型の立体配座への変換と結論ずけられている。これらの結果を相補的に解釈すると、超臨界シクロヘキサンのイス型-フネ型への変換は、流体の密度が気体的-液体的に変化する領域において、顕著な変化に関与することが期待される。
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