本年度は、実験でメチル基の回転と水素移動が強くカップルしていると指摘されている5-メチルトロポロンにおける分子内水素移動反応を取り上げ、第一原理古典分子動力学法を行い、水素移動とトロポロン骨格の運動やメチル基の回転運動との相互作用の様子を詳細に調べた。 OHの振動を励起した計算をおこなうと、水素移動が数十fs後に起こり、それに伴いトロポロン骨格で単結合・二重結合の入れ替え(互変異性)が即座に起こることが分かった。メチル基の回転は、水素移動が起こってから数百fs程度後、骨格の運動(互変異性)に引きずられるように起こることが確かめられた。逆に、メチル基の回転を励起しても、互変異性が起こることはなく、したがって水素の移動も起こることはないことが分かった。 このことから、1「水素移動と互変異性は、強く相互作用している」が、2「互変異性とメチル基の回転とは、弱くしか相互作用をしていない」ことが分かる。主に上記2の理由から、メチル基の回転とプロトン移動は、実験での指摘と異なり直接強くカップルしておらず、炭素骨格を介して弱く相互作用していると考えられる。この結果は、互変異性を伴う水素移動反応でも一般的な現象であると考えている。 水素移動反応の制御の観点から言えば、互変異性を励起するエネルギー注入モードにエネルギーを注入すればよいと考えられる。しかし、一般にそのようなモードを見つけることは難しく、来年度以降の課題として残った。
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