研究概要 |
タンパク質で起きる化学反応の特徴を理解するうえで、その媒質としての動的な性質を調べることは非常に重要である。特に、活性部位での反応に対して媒質であるタンパク部分がどのように応答するかは興味深い問題である。鉄-ヒスチジン結合はヘムとタンパクとをつなぐ唯一の共有結合であり、その伸縮振動の振動数はタンパク構造の影響を受ける。そこで、われわれはCO光解離後1ナノ秒までのピコ秒時間分解共鳴ラマンスペクトルを測定し、鉄-ヒスチジン伸縮振動[ν(Fe-His)]バンドに着目して光解離後のタンパク質のダイナミクスを調べた。 時間分解共鳴ラマンスペクトルには、光励起とともに新たなラマンバンドが現れ、これらは解離形のラマンバンドに帰属された。遅延時間50psのスペクトルではポルフィリン環の振動に由来する3本の強いバンド[ν_7,671cm^<-1>;δ(C_βC_cC_d),369cm^<-1>;γ_7,301cm^<-1>]が観測され、これらの振動数はデオキシ形のものと一致した。これらのバンドは0psから現れており、ポルフィリン環の構造変化のほとんどが装置の応答時間(約2ps)以内で速く起っていることを示している。これに対してν(Fe-His)振動数は、約100ピコ秒の時定数で2cm^<-1>低波数シフトし、平衡状態の値へと近づいていった。高粘性の溶媒中では低波数シフトの速度は遅くなり、またタンパク部分のないヘムのモデル化合物では低波数シフトは観測されなかった。したがって、この低波数シフトは光解離後のタンパク質構造の緩和に対応するものと解釈できる。
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