研究概要 |
光と分子のコヒーレント相互作用を通して,溶液中における過渡状態の高効率生成や化学反応の制御を目的とした研究を行っている。本年度は、溶液内での誘導ラマン断熱通過法に用いる装置(ピコ秒,フェムト秒レーザー,光学遅延用の自動ステージ,CCD検出器)を自動制御するシステムを製作した。またその前段階として,多光子イオン化によって生じた芳香族ラジカルカチオンのフェムト秒時間分解吸収について,上記の自動制御システムを用いて測定し,芳香族イオンの超高速緩和を検討した。 無極性溶媒中においては、生成した光電子と親カチオンのgeminate recombinationによる,サブピコ秒の時定数をもつカチオンの吸光度の減衰が観測された。一方,極性溶媒中においてはサブピコ秒の時定数でカチオンの吸光度が減少したのち,約十ピコ秒の時定数で吸光度が増加する新たな現象を観測した。吸光度の減衰は、geminate recombinationに由来し,極性溶媒中においてもフェムト秒領域の電荷再結合が起こることを示した。フェムト秒領域では溶媒和が十分に形成されていないため,極性溶媒分子によるクーロンカの遮蔽効果が小さいためであると考えられる。我々は時間分解ラマン分光法において,イオン化に伴って生じたカチオン内の余剰エネルギーが溶媒に散逸し,溶媒和構造が乱れることによって,カチオンの電子遷移モーメントおよび共鳴ラマン強度がピコ秒変化するモデルを提案している。今回観測したピコ秒領域の吸光度の増加は、上記のモデルを支持する。この結果は,多光子で生成したカチオンは余剰エネルギーの散逸によって,十ピコ秒程度の時定数で緩やかに溶媒和されることを意味している。
|