本申請課題は、電子だけでなく陽電子やプロトンといった、質量の軽い粒子の波動関数を同時に解く手法を開発し、具体的に応用していこうというものである。本年度は主に理論の展開とプログラム作成、および陽電子化合物に対する具体的計算を実行した。 1.ab initio経路積分分子動力学法の開発: 経路積分分子動力学法と分子軌道法を組み合わせることにより、温度効果を含めた第一原理計算を可能とした。従来の分子軌道理論は0[K]の状態しか記述することができず、温度効果を含めることは不可能であった。本手法を適用することにより、核の量子効果を考慮しただけでなく、初めて温度効果を取り込むことを可能とした。水分子に対する同位体効果と温度効果の詳細を、J. Chem. Phys.誌に報告した。 2.多体効果を考慮した多成分分子軌道法の開発: 多種粒子状態を精密に求めるためには、電子相関だけでなく電子陽電子相関といった、異なった粒子間での多体効果を評価する必要がある。本年度は、多成分分子軌道法に対して配置間相互作用法を応用することにより、このような多体効果を取り込むことに成功した。配置間相互作用の行列要素は、GUGA(Graphical unitary group approach)の手法を拡張し、プログラムも作成した。 3.陽電子化合物の具体的計算: 2.で開発した多体効果を含めた多成分分子軌道法を、具体的に[H^-;e^+]系に適用し、その基底状態および励起状態の解析を行った。また「中性分子に陽電子が付着されるか?」というテーマで、双極子モーメントの大きな分子に陽電子を付着させた計算も実行した。本研究の一部は、「現代化学」および「New directions in Antimatter Chemistry and Physics」23章に総説としてまとめた。
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