甲殻類では交尾(産卵)直前にメスが(1)常に脱皮する種、(2)常に脱皮しない種、(3)脱皮したりしなかったりする種がいる。これは甲殻類の生活史進化における興味深い現象だが、研究例はほとんどない。本研究ではヤドカリ類の生活史形質、とくにメスの交尾(産卵)直前脱皮と繁殖形質に着目して調査をおこなった。高知県中央部に位置する浦の内湾の転石海岸と高知県東部羽根岬に生息するホンヤドカリ、ユビナガホンヤドカリ、アカシマホンヤドカリ、カノコケアシホンヤドカリなどを対象として交尾直前脱皮の有無、脱皮当たり成長率、繁殖フェノロジー、産卵数、幼生艀化数を記録した。その結果、幼生艀化後すぐに新たな産卵をおこなう連続産卵メスよりも不連続産卵メスの方が交尾直前脱皮頻度が高く、この脱皮によって実質的な対サイズの増大が認められた。産卵パターン(連続か不連続か)や脱皮の有無による産卵数の違いは明らかではなかった。これらのことから、ヤドカリにとって交尾直前脱皮は繁殖成功度を高めるわけではなく、清澄を介して将来の生存率や繁殖力を高める機能をもつことが示唆された。さらに、脱皮と産卵の間にトレードオフ関係が成立していることが示唆された。しかし、ホンヤドカリとユビナガホンヤドカリを対象として、繁殖期を通して交尾直前脱皮と産卵パターンの関係を調べたところ、両種共に繁殖盛期に連続産卵メスの脱皮頻度が高くなった。このことは脱皮と産卵のトレードオフが単純な関係ではなく、水温や餌の質と量などの環境要因や産卵数などの内的要因の影響を受けていることを示唆している。
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