クモのSCPを決定する要因として、餌虫が保持する氷核活性物質の関与が示唆されている(Tanaka 2001)。この点を明らかにするため、氷核活性バクテリアをもちいた操作実験をおこなった。氷核活性バクテリアを摂食した虫をクモに与えたところ、体組織の凍結開始温度である過冷却点(SCP)が上昇したのに対し、バクテリアを摂食していない虫を食べたクモのSCPは低いまま保たれた。このことは、氷核物質が摂食を通して餌虫から捕食者に伝わり、そのSCPに影響をおよぼすことを意味している(投稿中)。本種の凍結回避戦略を理解するうえで、この餌虫由来の氷核活性物質の同定は不可欠であろう。 オオヒメグモは休眠という特殊な生理状態で冬を越す。休眠の誘導にともない、貯蔵栄養物質である脂質の蓄積が起きるか否かについて検討した。材料としては、冷温帯個体群(札幌)と亜熱帯個体群(沖縄)を用いた。両者ともに、休眠誘導にともなってTGの蓄積がおきた。このことは、(1)冷温帯でも亜熱帯でも、脂質が越冬時の主要な貯蔵栄養であること、(2)亜熱帯であっても冬季に飢餓の危険性が存在している可能性、を示唆している。 貯蔵栄養をじゅうぶんに蓄えたクモは長期の絶食が可能であり、結果として捕食を介した氷核物質のとりこみを回避できる可能性がある。この点を明らかにするために、野外越冬個体の脂質含量とSCPの関連を調べた。まだ、解析は終わっていないが、暖温帯個体群(福岡、宮崎)では両者の間に弱い相関が見出された。飢えた個体は、冬のあいだも積極的に捕食するので、結果としてSCPが高まるのだろう。 日本各地で越冬個体の捕食頻度を調査した。捕食頻度は南で高く、北で低かった。この傾向は、越冬個体のSCPの地理的傾向と一致していた。今後、冬季に活動する虫たちが氷核物質を保持しているか否かについての検討が必要だろう。
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