研究概要 |
低温,塩,乾燥,強光などの非生物学的環境ストレス(以下,環境ストレスと略)は,単独でも光合成をはじめとした植物の細胞生理機能を阻害し植物の生育や農作物の生産性を著しく抑制するが,自然環境においてはそれらは複合的に働くことで(たとえば低温下での強光,あるいは塩ストレス下での強光),植物に深刻なダメージを与える場合が多い。環境ストレス耐性植物の作出は現代植物科学に課せられた重要な課題のひとつであるが,食糧問題あるいは地球環境問題に対する現実的な方策として"複合型環境ストレス耐性"の増強が強く要請されている。 本研究の目的は,ストレス耐性遺伝子群の葉緑体ゲノムへの多重導入により,葉緑体形質転換植物が複合型環境ストレスに対する耐性を飛躍的に増強する可能性を探ることである。ストレス耐性遺伝子として土壌細菌のコリン酸化酵素(適合溶質ベタインを生成し,塩,低温,高温,強光ストレスに対する耐性の増強に有効),ホウレンソウのアシル脂質不飽和化酵素,ラン藻のΔ9不飽和化酵素(ともに生体膜の不飽和化を促進し,低温ストレスに対する耐性の増強に有効)などの遺伝子を標的遺伝子として形質転換実験をすすめた。スペクチノマイシン耐性遺伝子を形質転換マーカーとし,これらの遺伝子を単独あるいは組み合わせた形でパーティクルガン式遺伝子導入装置を用いて,相同組換えによりタバコ葉緑体ゲノムのrbcLとORF512の間に導入を試みた。形質転換マーカーであるスペクチノマイシン耐性およびストレプトマイシン耐性を指標に,形質転換カルスを選抜し,いくつかの薬剤耐性カルスを得た。今後これらについて再分化植物を取得し,分子生物学的,生化学的,ストレス生理学的解析を進める予定である。
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