本年度は、木造建造物の保存・修復論の国際比較をおこなうための準備として、中国における保存・修復論についての情報収集と、それをふまえての日本の建造物保存・修復論の歴史の再考をおこなった。 前者にかんして、現代中国における歴史的建造物保存・修復史叙述をみると、解放後の中華人民共和国政府による事業に限って叙述されており、それ以前の状況との関係の叙述が欠如している。そこで、今年度は日中戦争以前における日本政府による中国の文化財保存事業の概要を把握するために、資料収集および現地視察をおこなった。とりわけ、中国東北地方における文化財保存事業の概要を知るために承徳を訪れ、歴史的建造物の現状把握をおこなった。現在、収集資料を整理、読解している段階にある。 並行して、日本における明治から現在に至る建造物保存・修復論を、中国との比較に留意しつつ考察した。現段階での成果は別掲の論文として報告し、その他にも数編の論文を準備している。中国における建造物保存・修復の方法は1950年代以降に培われていった側面があるために、19世紀までに培われてきた建造物維持修理システムおよびその技術基盤との間に懸隔がある。一方の日本の修理システムには伝統的な方法が色濃く継承されており、日中の修理システムの差異は伝統の継承と断絶のあり方に由来するであろうことが指摘できる。別掲論文ではとりわけ明治の建造物修理開始期において、伝統的方法と西洋的な修理への思想との融合過程を明示している。 次年度は、1950年代以降の中国における修理方法の確立過程を、日本の修理方法との比較のもとに明らかにしていく作業を予定している。
|