ヒト由来のインフルエンザウイルスA/WSN/33株は、マウスに対し強い病原性を発揮する。この病原性は、ウイルス粒子表面に存在するノイラミニダーゼ(NA)が生体内に広く分布するプロテアーゼ前駆体のプラスミノーゲンを活性化し、もう一つのウイルス表面蛋白質である赤血球凝集素(HA)を開裂することでウイルスの感染性を増強することで発揮される。プラスミノーゲンの活性化はNAとプラスミノーゲンの結合が重要であり、NAのカルボキシル末端リシン残基の存在はその結合に必須である。また、NAの146番目のアミノ酸に付加する糖鎖は立体構造上カルボキシル末端リシン残基の近傍に位置し、NAとプラス.ミノーゲンの結合を阻害することがわかっている。 本研究では、糖鎖欠損という単純な機構でインフルエンザウイルスは強い病原性を獲得できるか否かを調べる。 A/WS/33株はA/WSN/33株の親株でマウスに対し病原性は示さず、そのNA146番には糖鎖が付加される。そこで、A/WS/33株NAの146番目に1アミノ酸変異を導入し糖鎖結合シグナルを欠損させた。この糖鎖欠損によりNAのシアリダーゼ活性はおよそ50%低下したが、A/WSN/33株のNAと比べると高い活性であった。したがって、糖鎖の存在はNAの機能に影響するが、その欠損は致死的なものでないことがわかった。次に、A/WSN/33株のNAを糖鎖欠損NAと入れ換え、リバース・ジェネティクス法で組換えウイルスを作製した。この組換えウイルスはプラスミノーゲン存在下の培養細胞において増殖性を示さず、トリプシンに依存した。 これらの結果は、A/WSN/33株の病原性は糖鎖欠損という単純な機構で獲得できたものでなく、病原性のないA/WS/33株からA/WSN/33株に変異するには、より複雑な因子が関与することを示した。
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