ヒト由来のインフルエンザウイルスA/WSN/33株の糖蛋白質ノイラミニダーゼ(NA)は生体内に広く分布するプラスミノーゲンをプラスミンに活性化する。プラスミンは、もう一つのウイルス糖蛋白質である赤血球凝集素(HA)を開裂してウイルスの感染性を増強する。プラスミノーゲンは、NAのカルボキシル末端リシン残基を介して結合することにより活性化される。また、NA146番目のアミノ酸に付加する糖鎖は立体構造上カルボキシル末端リシン残基の近傍に位置し、NAとプラスミノーゲンの結合を阻害することがわかっている。 本研究では、糖鎖欠損という単純な機構でインフルエンザウイルスは強い病原性を獲得できるか否かを調べる。 本年度はA/WSN/33株と同じくカルボキシル末端にリシン残基を持つA/Puerto Rico/8/34株のNAを用い146番目の糖鎖欠損変異NAを作製し、リバース・ジェネティクス法で組換えウイルスを合成した。前年度合成したA/WS/33株の糖鎖欠損変異NAを持つ組換えウイルスとともに、それらの生物活性を検討した結果、以下の結果を得た。(1)146番の糖鎖付加はNAの合成、細胞内輸送、そしてシアリダーゼ活性に不可欠ではなかった。(2)糖鎖欠損によりA/WS/33株のNAはプラスミノーゲンを活性化できるようになったが、A/Puerto Rico/8/34株のNAは糖鎖の有無に関係なくプラスミノーゲンを活性化できなかった。(3)A/WS/33株の糖鎖欠損変異NAを持つ組換えウイルスは、感染性が増強されなかった。 以上の結果より、カルボキシル末端リシン残基を持つNAは潜在的にプラスミノーゲンを活性化する機能を持つわけではなく、さらにNAによりプラスミノーゲンが活性化された場合でも、ウイルスの病原性は必ずしも増強されないことが明らかとなった。すなわち、インフルエンザウイルスの病原性獲得には糖鎖欠損に加え、さらにほかの要因が必要である。
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