寄生性線虫である回虫は、受精卵より感染性を有する第3期幼虫(感染性の獲得)に至る自由生活期には、発生に酸素を必要とし哺乳類型の好気的呼吸を行い、一方、成虫期(感染(寄生)成立)には嫌気的環境下の小腸内に寄生して嫌気的エネルギー代謝を行う。エネルギー代謝系の変換については、TCA回路とミトコンドリア電子伝達系を繋ぐkey enzymeである複合体IIに成虫型(嫌気的;ロドキノール-フマル酸還元酵素)および幼虫型(哺乳類型好気的;コハク酸-ユビキノン酸化還元酵素)の機能的に異なるアイソフォームが存在する。さらに、複合体IIを構成する4サブユニットのうち、フラビン蛋白質(Fp)およびシトクロームb小サブユニット(CybS)において成虫型・幼虫型が存在し、鉄-硫黄蛋白質(Ip)およびシトクロームb大サブユニット(CybL)は両酵素に共通である。これは、IpおよびCybLサブユニットをコア構造とし、生活環特異的基質(コハク酸とフマル酸、および、ユビキノンとロドキノール)の結合に関与する2サブユニットのみを変換するという合理的な寄生環境への適応を可能にする分子機構を示唆するものである。本研究は、この寄生適応を分子レベルで解明することを目的とし、生活環特異的サブユニットと普遍的に発現されるサブユニットの転写調節機構を比較検討するものである。平成14年度において、成虫型Fp、幼虫型Fp、Ip、CybL、成虫型CybS、および幼虫型CybSクローン群を回虫ゲノムライブラリーのスクリーニングにより分離し、各遺伝子領域の解析を行った。また、感染幼虫から成虫への発展に及ぼす外的環境因子(酸素分圧、温度等)の影響の検討を容易にするために、感染性を獲得するという点で重要である大気中での自由生活期の幼虫の再現性のよい培養を確立した。
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