研究目的:近年ストレス関連疾患増加が労働力の低下あるいは医療費の増大を招き、その社会的損失は大きな問題となっている。慢性的な腹痛と便通異常を主症状とする過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome ; IBS)は、代表的なストレス関連疾患である。ところが、加療を受けていない潜在的なIBS患者の実態はよく知られてはいない。そこで我々は、産業人口におけるIBS患者を評価し、自覚ストレス度、消化器症状、健康関連QOL、心理傾向を測定した。潜在的なIBS患者は、専門医受診IBS患者と同様に、IBSでない群よりも消化器症状の程度が大きいだけでなく、自覚ストレス度が大きく、健康関連QOLおよび心理傾向の障害が大きいという仮説を検証した。 研究方法:重症疾患を有さない18才から65才までの一般成人402例(男性217例、女性190例)と専門医受診中のIBS患者52例(男性22例、女性30例)を対象として質問紙調査を行った。IBSの診断基準(Rome II基準)に基づいた症状質問票を用いて一般成人の中からIBSと判定し、自覚ストレス調査票(Perceived Stress Scale : PSS)、消化器症状特異的QOLとしてGastrointestinal Symptom Rating Scale(GSRS)、全般的な健康関連QOLとしてSF-36、不安感の評価としてSTAI、抑うつ気分の評価としてSDSを測定し、それぞれの群を比較した。 新たな知見等の成果:一般成人の中で潜在的IBS患者は55例(13.5%)であった。受診IBS患者群・潜在的IBS患者群はそれぞれ非患者群に比較して、酸逆流、腹痛、消化不良、下痢、便秘の各消化器症状スコアが有意に高値であるだけでなく、自覚ストレス度、状態不安、特性不安、抑うつ尺度が有意に高く、SF-36の全てのQOL尺度が有意に低下していた。受診IBS患者群は潜在的IBS患者群に比較して、下痢症状スコアの有意な高値とSF-36の中の身体機能の障害による役割制限、社会機能の制限、痛み、全体的健康観の尺度で有意な低下が認められた。 以上の結果より、我が国の一般成人においてIBSは高率に認められた。潜在的IBS患者は受診患者と同様に、消化器症状の程度が大きいだけでなく、自覚ストレス度・精神機能・健康観の障害が大きいことが明らかにされた。結論として産業保健において過敏性腸症候群をはじめとするストレス関連疾患を評価することは、労働力の低下あるいは医療費増大の抑制を考慮する上で意義があるものと考えられた。
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