本研究計画では歯胚分化因子のスクリーニングの第一段階としてヒト象牙芽細胞株の確立を予定したが、研究環境の変化によりこのステップは省略した。というのは、膜蛋白質型受容体であるNotchを介したシグナル伝達が、歯胚の分化・形成に重要であるという報告が複数あり、他の臓器、組織と同様にNotchシグナルが歯牙の発生に深く関わっていることがほぼ確実とみなされたためである。したがって私はそのシグナル伝達機構の詳細な解析を行った。Notchシグナルは隣接する細胞膜上に存在するDeltaあるいはSerrateがリガンドとして働くが、歯胚などでの発現をみると、同じ細胞でリガンドと受容体が発現している場合も多い。しかしその意義はよく分かっていなかった。私は同じ細胞上でのリガンドの発現が、隣接する細胞で発現している場合とは逆にNotchシグナル伝達を抑制する作用があることを見出した。これは今まで知られていなかったNotchシグナルの自律的な修飾機構であり、リガンドを発現した細胞は、Notchの司る分化抑制シグナルを受けなくなり、自動的に分化を開始することを表す。また、私はNotchシグナルを修飾する因子として分泌型の成長因子の一種であるNOV遺伝子に着目し、NOVがNotchと結合してNotchシグナルを増強する作用を持つことを明らかにした。さらに、Notchシグナルの常時活性型である変異遺伝子を骨芽細胞株に強制導入することによって、その分化と骨形成を抑制させることが可能であることを見出した。これらの成果から、Notchシグナルを促進したり抑制したりするさまざまな修飾機構の存在が明らかになり、将来的にはこれらの修飾因子を利用することで歯胚などの組織分化を人工的に誘導しうる可能性が示された。
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