研究概要 |
生体薄膜や細胞一層レベルの薄膜の構造と物性を分光学的に詳しく調べることは,生物学的にもまた分光分析化学的にも大きな挑戦課題である。本研究では,これまで構造異方性の解析の難しかった要因を,入射光電場と官能基の遷移モーメントの相互作用だけに着目してきたことにあると考え,従来の考え方とはまったく異なる解析法を考案した。 従来の光学定数に代わる概念として,Kimらの振動子モデルによる誘電関数を利用し,膜面内と面外の両方の関数をこれで表現することを考えた。そして,薄膜を非金属基板上で異なる二つ以上の入射角で反射法によりスペクトル測定し,その複数のスペクトルを同時に説明しうる関数になるよう,パラメータの最適化を行う方法とした。これにより,従来わからなかったα-炭素の配向角など,詳細な分子情報が得られるようになった。 一方,分子認識を積極的に使った薄膜の作成も行った。これは,蛋白の一種であるヒスチジンの金属イオン認識機構を真似た人工的な薄膜を,コンビナトリアル表面化学と言うコンセプトで実現させることを狙ったものである。三種の鎖長の異なるアミド結合を持つ分子を合成し,その混合膜が金属イオンをどのように認識するかを調べた。その結果,Zn^<2+>とCu^<2+>を明確に識別できることがわかった。この際の分子配向変化を,赤外分光法で詳細に明らかにすることにも成功し,擬似生体分子の開発に新たな道を与えることができた。 また,主成分分析法をスペクトル解析に新しく導入し,空間分解能を超えた新しい分析手法の開発も行い,固液界面の水の特異的構造をはじめて振動スペクトルで捉えることに成功した。これらの成果はJ. Phys. Chem. Bに2報,Chem. Eur. Jに1報公表した。これ以外にも,時間分解スペクトルに含まれる化学信号と他の要因とを識別する新たな分析手法の開発にも成功し,これは現在Appl. Spectrosc. に印刷中である。これらの成果に対し,日本分光学会論文賞と日本分析化学会奨励賞を受賞することができた。
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