研究概要 |
甲状腺疾患時に薬物体内動態の変動する例が報告されているが、その機構に関しては不明な点が多い。甲状腺ホルモンの血中濃度変化に伴って薬物トランスポータの発現量が変化した結果、薬物体内動態が変動する可能性に着目し、昨年度は甲状腺ホルモンがペプチドトランスポータPEPT1の発現量を抑制的に調節することを、細胞レベル・個体レベルで明らかにした。また、予備的な検討から、甲状腺機能亢進モデルラットにおいてP-糖蛋白質の発現がタンパク質レベルで亢進していることを示した。引き続き本年度はPEPT1ならびにP-糖蛋白質に関する解析を個体レベルで進めた。甲状腺機能亢進モデルラットにおけるPEPT1の発現が低下していたことから、PEPT1のモデル基質であるグリシルザルコシン小腸内投与後の門脈血中濃度推移について検討したところ、甲状腺機能亢進群において有意な低下が認められ、PEPT1の発現低下に伴う吸収能の低下が示された。一方、甲状腺機能亢進ラットにおけるP-糖蛋白質の発現について詳細に検討したところ、腎臓、肝臓においてP-糖蛋白質の発現が亢進していることが判明した。さらに、ラットにおいてP-糖蛋白質をコードする2種類の遺伝子mdr1a, mdr1bについてそのmRNAの発現量を定量的に解析した結果、腎臓においてmdr1a, mdr1b mRNAの発現がともに上昇しており、肝臓ではむしろ発現が低下していることが明らかになった。従って、甲状腺ホルモンによるP-糖蛋白質の発現調節機構が臓器によって異なることが示唆された。また、甲状腺機能亢進時に強心配糖体ジゴキシンの血中濃度が低下することが知られているが、ジゴキシンがP-糖蛋白質の基質となることからP-糖蛋白質の発現亢進によりジゴキシンの排泄が促進され、その結果血中濃度が低下する可能性が考えられた。本研究で得られた知見は、甲状腺機能亢進時における薬物体内動態変動を理解する上で有用な情報を与えるものと考える。
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