本年度は、前年度に引き続き、Fe-Cuモデル合金に対してFeイオンを照射することによってカスケード損傷を伴った欠陥を導入し、陽電子ビームを用いたドップラー拡がりの測定によって欠陥生成に与える銅の効果を調べた。 陽電子ビームによるドップラー拡がりスペクトルは注入された陽電子が対消滅する相手の電子の運動量を反映し、エネルギー拡がりの少ない自由電子成分とブロードに広がっている内殻電子成分との重ね合わせになっている。これにより、空孔型欠陥の検出とその周りの元素分布の推定が可能になる。特に内殻電子成分の測定には同時計数ドップラー法によるバックグラウンド計数率の低減が従来必要であったが、本研究では遮蔽された陽電子源から発生させた陽電子ビームを用いることによってバックグラウンド計数率を低減させ、高運動量成分の測定が可能になった。この方法により550℃の熱時効で生じる鉄中の銅の析出過程を高感度に捉えることができた。さらにイオン照射材についても空孔型欠陥生成によって高運動量成分が相対的に減少するが、銅含有量増加に伴って高運動量成分が増加し、純銅の高運動量成分の分布に近づいた。この傾向から、陽電子を捕獲した空孔型欠陥の近傍に銅原子が存在することが推定される。室温照射材ではより大きい体積の空孔型欠陥が生成・残存するため、高運動量成分が290℃照射材よりも減少するが、銅含有量の影響は290℃照射材ほど顕著ではなかった。空孔型欠陥や複合体生成に対して、室温では全く損傷速度効果が見られなかったが、290℃では損傷速度による差異が観測された。 本研究成果は2003年9月に京都で開催される「第13回陽電子消滅国際会議(ICPA-13)」にて発表する予定である。
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