昨年度に引き続き志度湾における炭素・窒素安定同位体比の分布を調べた。昨年度の成果として、魚類養殖場によって占められる海域の底泥の窒素安定同位体比が最も高く8?8.5‰、牡蠣養殖場が存在する海域では7.5‰前後、炭素安定同位体比は魚類養殖場が存在する海域で最も低く-21‰前後、牡蠣養殖場では-20‰前後であるといった結果が得られている。このことから、魚類養殖場では養殖餌料が、牡蠣養殖場では牡蠣自身または排泄物が底泥への有機物負荷源になっていることが考えられた。養殖餌料の炭素、窒素安定同位体比はそれぞれ-21‰、10.5‰程度、牡蠣のそれらはそれぞれ-18‰、15‰程度であった。人為的影響の少ない海域の堆積物の炭素・窒素安定同位体比は植物プランクトンを起源とする有機物の値を反映すると仮定し、この値と養殖餌料、牡蠣それぞれをエンドメンバーとした2元1次方程式を作成すると、魚類養殖場においてδ^<15>N=-3.67δ^<13>C-67.3、牡蠣養殖場においてδ^<15>N=3.27δ^<13>C+71.4といった関係式が得られる。そして、それぞれの海域で得られた堆積物の炭素・窒素安定同位体比の平均値はδ^<15>N-δ^<13>Cマップ上でこれらの関係式の極近辺に位置する。このことは、炭素・窒素安定同位体比の関係式からそれぞれの海域におけいて人為的に投与または生産された有機物の海底への寄与率の算出が可能であることを示している。これによると、魚類養殖場の海底への餌料の寄与率は炭素で約70%、窒素で約40%、牡蠣養殖場においては炭素、窒素とも平均20%程度であった。また、湾の牡蠣養殖場の海域で、冬期に繁茂する底生藻は炭素安定同位体比は-19‰程度であるが、窒素安定同位体比は約12‰程度の高い値を示し、海水中の硝酸が主な窒素源ではないことを示している。この値は牡蠣に近く、牡蠣の糞を起源とする溶存態窒素が底生藻の主な窒素源であることを示している。本研究より、複合養殖場に用いられている富栄養化した内湾における有機物循環の解析に安定同位体比法が有効であることが明らかになり、人為的な有機物の海底への負荷に関する評価法が提示された。
|