金管楽器奏者は顔面筋肉の緊張と呼気で唇を振動させ演奏を行う。反復練習はその演奏能力を高める一方、過度に行った場合には口唇や頬筋肉部に痙攣などのジストニアを起こし得ることが知られている。本研究では、演奏のために最も直接的に使われる唇を対象とし、口唇部のジストニア患者と健常者について、手指と唇の感度および大脳の体性感覚皮質上での局在性の違いを確認することを目標とした。8名の患者と8名の健常者に対して、平行な溝の刻まれたJVPドームを押し当てた際の方向弁別感度の記録および手指と唇にそれぞれ機械刺激を与えて得られた脳磁界データの解析を行った。 JVPドームの結果では、患者において上唇の感度が下唇よりも劣っているが、健常者及び健常な金管楽器奏者ではそのような非対称性は見られなかった。このことから、上唇の感度の低下と病状との関連性が示唆された。体性感覚誘発脳磁界のピークは刺激直後から30〜60ミリ秒に観測された。ピークの潜時は個人差が大きく病状との関連は見られなかった。計算された電流双極子の位置を、頭部形状を基準にした座標系をとり、頭頂部からの角度であらわした。患者と健常者の両グループとも小指から親指そして上唇・下唇と体性感覚野のホムンキュラスの順に位置した。両グループを比較すると親指と唇の間隔が患者では小さくなっていた(P<0.05)。 ピアニストに見られる手指のジストニアでも、患部に対応する指の大脳皮質上での位置が健常者よりも近づくことが報告されているが、本研究で発見された皮質上での手指と唇の接近は同様の現象が脳内で生じたことを示唆していると考えられる。
|