脊椎動物の雄と雌には性固有の行動様式があり、それを司る有意な構造上の性差が脳に存在する。この性差形成のメカニズムは未だ十分には理解されていない。一方、脳発生では胎生後期にもっともダイナミックな変化が起きている。本研究では、この時期に焦点を当て、ラット雌雄胎仔脳で性特異的に発現している分子を検索することにより、脳の性差形成機構の解明を目指している。近年、脳の性差形成にエストロゲン受容体(ER)が関与していることが示唆されており、胎生のこの時期にも関与している可能性がある。本年度はまず胎生期の性差形成を解析する上で指標となるER mRNAの局在を胎生15日、18日、20日ラットの雌雄脳を用いてin situ hybridization法により形態学的に解析を行った。ERには2種のisoformがあるため、解析は新たに作製したERαおよびβ特異的なdigoxigenin標識プローブを用いて行った。 ERαプローブを用いた解析では胎生15日、18日では雄雌共にほとんどシグナルは検出されなかった。胎生20日になって視索前野でシグナルが検出されたが雌雄差はほとんど認められなかった。ERβプローブを用いた解析では15日、18日、20日において特に側脳室帯にシグナルが検出された。胎生18日までは雌雄でそれほどシグナルに差は認められなかったが、胎生20日では雄の方が雌よりもシグナルが強い傾向が認められた。この結果は、側脳室帯から移動する神経細胞により大脳皮質、海馬などが形成されることを考慮すると、これらの部位における雌雄差が胎生18日から20日の間に形成され始める可能性を示唆している。本研究は今後、この胎生18日から20日に的を絞り、脳の雌雄差形成に関与する新規分子の検索を行う。
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