研究の目的:本研究は、「毒婦物」と呼ばれる、1880年代前後の日本に出現した、実在あるいは架空の女性犯罪者を主人公にした実録風読み物の一群を近代国民国家成立期の規範的な女性像からの逸脱に対する抑圧的言説、否定的規定による女性のカテゴリー化とみなしてその表象行為じたいを分析対象として、近代におけるジェンダー編成を歴史的に考察することを目的として行われた。 研究の経過:研究の基礎となる対象資料を文学テクストに限定することなく、新聞・雑誌などのジャーナリズムや錦絵、演劇脚本などの視角的メディアにまで及ぶ広範囲の資料調査を国内外で精力的に行った。この基礎調査をもとに具体的なテクスト分析の対象となる資料となる近世戯作・明治戯作、近代小説・近代戯曲、芝居絵・錦絵・錦絵新聞などを絞り込み、カード形式による整理を完了した(デジタル形式によるデータベース化は技術的、財政的困難のために将来の課題として残った)。テクスト分析の作業じたいは対象全体の7割程度まで進んだ。19世紀についていえばそのほとんどをカバーすることができており、報告書執筆におおむね差支えがないだけの作業が完了している。 研究の成果:以上の作業結果として、歴史研究と文学研究、文化研究の如何を問わず、従来の「毒婦」に関する言説の多くが、二次資料や典拠不明の記述に依拠していたこと、そしてそのことによってステレオタイプ的な毒婦イメージが再生産されてきたことが実証的に明らかにされたと考える。研究成果の一部はすでに論文等として発表されているが、代表者による論考をさらに増補して、女性表象に関与するジェンダー力学の政治性に関する総括的論集として刊行する予定である。
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