本年度は、ミトコンドリアDNAに基づく北海道ヒグマの3グループ(三重構造)について、マイクロサテライト分析を行い、3グループ間の遺伝的構成のちがいを検出した。現在、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の特徴と比較しながら、マイクロサテライトDNAの遺伝的分化についてデータをまとめているところである。 さらに、オホーツク文化(紀元6〜11世紀)遺跡の代表である北海道礼文島の香深井A遺跡から発掘されたヒグマ頭骨(これらの頭骨にはクマ送り儀礼に使われた痕跡がみられる)の産地同定を目的として、発掘骨から古代DNAを抽出し、mtDNAコントロール領域の塩基配列を解読した。用いた20個体のうち12個体の分析に成功した。その遺伝情報を私たちの既報の北海道本島ヒグマ集団の遺伝子タイプと系統地理学的に比較解析し、礼文島古代ヒグマの起源地域を検討した。その結果、礼文島古代ヒグマから解読されたmtDNAは道央-道北型と道南型の2系列に分類された。さらに、道南型DNAをもつ古代ヒグマ骨はすべて秋に死亡した1歳未満の幼獣であった。それに対し、道央-道北型DNAをもつ古代ヒグマの多くは春に死亡した成獣であった。道南型DNAをもつ幼獣はおそらく道南における古代人の春グマ猟で捕獲され半年余り飼育された後にクマ送り儀礼に用いられたと考えられる。その飼育が、オホーツク文化圏外である当時の道南地方の続縄文文化人、または、道北地方のオホーツク文化人によって行われたかは今後の課題である。礼文島ヒグマ遺存体における道南型mtDNAの発見により、オホーツク文化のクマ儀礼が、従来強調されてきた集団内だけでなく、異集団間の絆を強める機能をも果たしたことが示唆された。ヒグマの遺伝的多様性分析により、系統地理学のみならず、古代人の文化交流史に関する重要な情報も得られることが明らかとなった。
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