北海道産トガリネズミ2種、オオアシトガリネズミ(Sorex unguiculatus)、バイカルトガリネズミ(S.caecutiens)の生物地理学的歴史を調べるためにマイクロサテライトDNAマーカーを用いて両種の個体群の遺伝的な構造を比較した。北海道各地でサンプリングを行い、バイカルトガリネズミでは13地点、オオアシトガリネズミでは島嶼個体群を含む24地点について個体群構造を調べた。北海道内においては両種ともに各遺伝子座の対立遺伝子数、ヘテロ接合度は高い値を示したがオオアシトガリネズミの島嶼個体群ではすべての遺伝子座で対立遺伝子数が減少する傾向がみられた。個体群間の遺伝的分化をWeir & Cockerham(1984)のθで定量化したところ、北海道内においてはバイカルトガリの方がオオアシトガリよりも値が大きくなり、後者に島嶼個体群を含めた場合、より高い値が示された。また個体群間の遺伝的距離と地理的距離の相関関係を調べた結果、オオアシトガリでは弱いが有意な正の相関がみられた。一方バイカルトガリでは有意な相関関係はなかった。オオアシトガリでみられた相関関係は長期間安定した生息環境のもとで地域個体群が分化するのに十分時間がたった場合にみられるものであった。バイカルトガリのパターンは地域個体群が分化するのに十分な時間が経過しておらず、分布をひろげてからあまり時間がたっていないときにみられるものであった。この結果はミトコンドリアのチトクロムb遺伝子の系統関係から推測された両種の分布の歴史と矛盾している。オオアシトガリの島嶼個体群については、ボトルネック効果と島の面積による個体群サイズの制限によって小さい島ではより遺伝的浮動の影響が大きくなり、遺伝的な分化がすすんだと考えられる。
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