研究概要 |
本研究の目的は,Becker(1968)以来の「犯罪の経済学」を超えた認識論的視点に立ち,特に公共性の意味論的考察を基軸として,新たなる理論化をめざすものであった.このためには合理的経済人を前提せず,さらに社会哲学・政治哲学などで提示されてきたミクロ的人間観を明らかにしながら,こうした研究の出発点となる理論的基礎を固めることが最初に必要であると考えた.そこで最初の年においては,経済学・社会学・政治学・心理学・法哲学などの分野の著作・論文をできるだけ大量・広範囲に読破することに努力した.この中から公共性の認識,特に公的規範を破ることに関して人間はいかなる認識を有するのかという問題について,1つの研究上の視点を明らかにしていこうと試みた. 具体的にはこの方針の中で,本年度は「公共性の意味論的分析」という論文を書き上げた.この論文では,従来の経済学が抱いている理論的前提の中に,大きな意味的制約が存在することを明らかにした.つまり経済学が前提とする公共性の役割は,私的利潤の追求が市場経済において効率的に行われ得ない時,それを「追加的に補完する」というものである.いわば私的性に従属するものとしての公共性が,何の内在的検討を加えられることなく前提とされてきた.しかしArendtなどの政治哲学をひもとけば明らかなように,こうした公共性への理解は,極めて特殊なものであり,歴史的な普遍性を主張しえない.市場経済のグローバルな発展とともに,私的性と公共性の意味論的「逆転」が生じ,さらにその逆転したことさえも見えなくなっている.この認識論的な逆転を改めて明らかにすることで,私は従来の理論研究を超えてさらに深い理論的出発点を獲得できると考えた.次年度以降は考察をさらに拡張しながら,より具体的に「新しい犯罪の経済学」をいかに構成すべきか,考えていきたいと計画している.
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