今年度は、複素力学系に適合した複素測度の概念を数学的に構成する手法について研究をすすめた。複素測度を、ジュリア集合において特異性をもつ複素関数を係数とする複素微分形式として捉え、正則関数の芽のなす層を法として得られる超関数を抽出した。こうした超関数の空間には複素力学系が自然に作用する。 ジュリア集合上で特異性を持つ複素関数の空間において、部分空間への分解、合成のメカニズムは、特殊な経路に沿う複素積分を利用して定義する。また、リーマン面の分岐点の回りで複素関数の値の差によって新しい関数を定義する。これはエカールの着想によるものであるが彼の場合は特異点の存在する場所は、決められた格子点に限るのであるが、ここではその条件を緩和し、ジュリア集合の任意の点で考察することとした。こうして、ジュリア集合に特異性を持つ超関数の間の諸種の演算が定義され、転送作用素とそのフレドホルム行列式を具体的に計算する準備が整った。さらに、この転送作用素の固有値問題を扱わねばならない。 ここで、関数空間の位相と転送作用素の連続性が問題になる。以上の考察をめぐって、2001年9月にパリ大学を訪問し、バラディ教授、ドゥアディ教授らと議論し、ジュリア集合に台を持つ超関数の双対として、ジュリア集合上で正則な関数の空間を考え、これに、複素力学系に由来するノルムを定義するアイデアを得た。このノルムをうまく定義することで複素力学系の作用から定まる転送作用素の完全連続性を示すことが出来た。また、フレドホルム行列式の与えるゼータ関数の極の問題を解決する事ができた。
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