研究概要 |
3,4-ベンゾピレンに代表される多環芳香族炭化水素(PAH)の多くはヒトに対して発がん性のあることが知られているが,発がんの分子機構に関しては不明の点が多い.そこで,本研究では,これらの化学物質への暴露が比較的高いと思われる,某製鉄所のコークス炉作業者(約120名)を対象群に,一般作業者(約40名)をコントロール群に設定し,インフォームドコンセントを得た上で,両群より少量の末梢血及びスポット尿を採取した.末梢血からは出来るだけ速やかにリンパ球DNAを抽出し,超低温フリーザーに保存した.保存後のDNAサンプルを適宜解凍し,DNA付加体量を32Pポストラベリング法により測定した.また,他の試料を用いて,酸化的DNA損傷の指標として注目されている8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8OHdG)量をECD-HPLC法を用いて測定した.次に,PAHへの体内暴露の総量を推定するために,尿中に排泄される1-ヒドロキシピレン(1-OHP)量を蛍光HPLCにより測定した.これらの測定結果を基にして種々の解析を行った.先ず,暴露群と非暴露群の間でリンパ球DNA付加体量および8-OHdG量を比較したところ,いずれも暴露群の方が若干高い値を示した.次に,暴露群において,リンパ球DNA付加体量と尿中1-ヒドロキシピレン量(PAH暴露量の目安として有用)との間の相関関係を調べたところ,有意な正の相関が認められた.一方,8-OHdGレベルと尿中1-ヒドロキシピレン量の間には有意な相関は認められなかった. 以上の結果から,PAHへの過剰暴露によるDNA損傷の程度は,8-OHdGよりもDNA付加体をその指標として用いる方が評価しやすいことが示唆された.これとは別に,暴露群における尿中1-ヒドロキシピレン排泄量と種々の代謝酵素,特に,CYP1A1,GSTM1,GSTP1及びGSTT1の遺伝子多型との関連性を検討したが,注目すべき成果は得られなかった.
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