本研究は、麻酔薬によって中枢神経系で誘導、あるいは抑制される分子を、DNAマイクロアレイを用いて効率よくスクリーニングしようとするものである。平成13年度は、比較的培養が容易なアストロサイトを静脈麻酔薬であるプロポフォールで刺激した際に誘導あるいは抑制される分子の検索を行った。培養アストロサイト単独とプロポフォールで刺激したアストロサイトからmRNAを単離し、DNAマイクロアレイを施行した。その結果、プロポフォールによりmRNA発現が増加する分子が41種類、減少する分子が44種類検出された。 平成14年は、増加する分子群のうちHeat shock protein(HSP)に注目して詳細な検討を行った。HSPは、ストレス反応性タンパク質や抗アポトーシス作用を持つ分子群の転写を上昇する細胞内電子伝達系関連分子であり、プロポフォールの細胞保護作用の機序を説明できる可能性がある。主なHSPについてPCRによるアストロサイト内のmRNA発現定量法を確立し、プロポフォールによるHSP mRNA発現の増加、タンパク質発現の増加を調査中した。HSP84はプロポフォールにより、発現が増加する可能性があり、今後も検討を続けていきたい。 また、発現が減少する分子は多彩であるが、興味深いのは細胞骨格に関わる分子群が他種類検出されており、プロポフォールがアストロサイトの分化あるいは形態変化をモジュレイトしている可能性がある。なかでも、シンデカンは反応性アストロサイトにおいて高発現しており、脳損傷後の修復過程におけるグリオーシスに関与している。プロポフォールはシンデカンの発現を低下させることが分かり、今後脳損傷後のグリオーシス予防に使用できる可能性がある。 以上のように、プロポフォールの細胞保護作用の機序解明やプロポフォールの新しい作用の発見につながる研究の発端となった。本研究は新たな研究への萌芽的な機能を十分に果たしたと考える。
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