妊娠中の母体でしばしば過呼吸が生じるという過去の報告がある。我々はこのことに基づき、胎児脳が母体の呼吸を調節するシグナルを発しているのではないかという仮説をたて、ラット胎仔脳を電気刺激することによって母体の過呼吸を誘発できるかどうかを検討した。母体の鼻孔付近に呼吸センサーを装着し、子宮から胎仔を取り出して、当教室で考案された胎仔固定装置に胎仔の頭部を装着固定した。頭皮および頭蓋骨を切除後胎仔脳に刺激電極を刺入し、電気刺激を加えて母体の呼吸数を観察した。現在までのところ、胎仔脳刺激によって呼吸数が増加する場合と減少する場合の二通りの変化が観察されている。しかし胎仔脳の刺激部位と母体の呼吸数の間の相関については明確な結論を得るには至っていない。現状では胎仔脳の刺激により母体の呼吸数が変化する傾向は見られるものの、再現性に乏しい。この原因として、胎仔頭部の定位固定が困難なことに加え、刺激対象の胎仔脳が非常に小さいために、その脳内の特定部位を毎回正確に刺激するのが困難なことなどが考えられる。今後、これらの問題点を克服するために、実験手技などのさらなる工夫が必要である。また、実験の再現性が高まり明確なデータが得られるようになれば、次に胎仔脳の刺激によって生じる母体の呼吸変化を媒介する物質が何であるか、またそれはどのような経路を経て母体へと伝達されるのかなどを究明していく予定である。
|