本研究の目的は、幹細胞を利用し、高度難聴の治療のための基礎研究を行うことである。 感音難聴をきたした蝸牛を組織学的に検索すると、比較的初期の段階では内耳の形態はほぼ正常に保たれており、内耳有毛細胞のみが障害を受けていることが多い。逆にいえば、障害を受けた内耳有毛細胞を修復・再生させることができれば内耳機能が回復し、さらには感音難聴の治療に結びつく可能性もある。本研究は内耳への幹細胞の移植という手段を用い、内耳有毛細胞を再生させることを目的とする。 本年度は、動物(ラット、マウス)を用い、各種幹細胞をあらかじめ、アミノグリコシド系薬物の投与、または騒音の暴露などで内耳の障害を起こした内耳に投与し、内耳有毛細胞が再生しないか検討した。使用した幹細胞はマウスから採取した神経幹細胞である。この神経幹細胞にレトロウイルスベクターを用いて、βガクトシダーゼ蛋由が発現するべく操作を加え、移植した先でドナー細胞を同定きるように操作した。この神経幹細胞を新生ラットまたはマウスの蝸牛内に投与した。投与された細胞が内耳で長期間にわたって生存しうるか、また障害を受けた内耳有毛細胞に分化しうるかを組織学的に検討した。その結果、移植した神経幹細胞は蝸牛の外側壁、コルチ器周辺に付着し、生存していた。一部の神経幹細胞は蝸牛の有毛細胞層に入り込むような所見が見られた。また前庭系では、移植した神経幹細胞が半規管のクプラの辺縁部に生着したり、卵形嚢の辺縁部において有毛細胞の構造の中にはまり込んだ状態になっている所見が観察された。 以上の結果は、神経幹細胞が内耳の環境下で生育しうる事を示し、さらに内耳有毛細胞に分化しうることを示し、消失した聴覚を回復させる可能性を示唆するものである。
|