研究概要 |
アミノ酸167残基のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)は哺乳動物の中枢神経系に多く発現し、脳内でPGH_2から睡眠誘発に関与するPGD_2への異性化反応を触媒している。さらに、アミノ酸配列の相同性からL-PGDSはリポカリン・ファミリーに属しており、脳内でのレチノイド等の疎水性低分子の輸送タンパク質としての性質も兼ね備えている。我々は、低濃度変性剤の存在下でL-PGDSの酵素活性が上昇し2次構造含量も増加することを見いだした(T.Inui, et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., (1999年)266巻,641-646頁)。このことは天然状態の酵素が最もエネルギー的に安定であり活性も高いという既成概念に根本的な疑問を投げかけるものであり、そのメカニズムの解明は変性剤による準安定状態という新たな研究分野への第一歩となると考えられる。 【実験・結果】大腸菌を用いた大量発現系を構築し、^<13>C,^<15>NラベルしたL-PGDSを調製した。各種2次元、及び3次元NMRスペクトルの測定及び解析によりシグナルの連鎖帰属と立体構造決定を行った。L-PGDSはリポカリン・ファミリーに特有の8本のβストランドよりなるβバレル構造を形成しており、バレルの外側側面に1個の長いαヘリックスが位置していた。そしてL-PGDSが、低濃度変性剤(0.5Mグアニジン塩酸)存在下において顕著な酵素活性の増強を示し、その増強が二次構造における部分的な構造変化により引き起こされることを明らかにした。さらに、酵素活性とCDスペクトルおよびNMRを用いた構造変化の詳細な測定により、L-PGDSの酵素活性がβ-sheet構造の含有量と高い相関関係を示し、変性剤存在下での可逆的なL-PGDSのunfolding過程において、活性型および不活性型の2種類の平衡中間体が存在することを明らかにした。以上の結果から、L-PGDSはβバレル蛋白質の中で、変性剤によるunfolding過程において多層的な平衡中間体を持つ初めての蛋白質であることが示された。
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