本研究の目的は、樹木年輪中の硫黄の化学分析から、大気汚染の歴史を影響を評価する手法を検討することである。樹木は必要とする硫黄を、大気から二酸化硫黄として、そして土壌から硫酸イオンとして取り込んでいる。これらの硫黄は、葉で還元され有機型硫黄として組織に固定される。一部の有機型硫黄は毎年形成される年輪に保持されるので、年輪中の硫黄同位体比は供給源を反映していることになる。化石燃料の大量消費により、雨に含まれる硫黄同位体比は軽くなってきているので、大気汚染の寄与の歴史を年輪中の硫黄同位体比で評価できると考えられる。本研究では、福岡県太宰府市太宰府天満宮境内に生育していたが、原因不明のまま枯死したクスの木の年輪中の硫黄同位体比を分析し、クスノキへの大気汚染の影響を考察した。 試料とした太宰府クスノキは推定樹齢500年(中心部欠如)であり、年輪中の金属元素のいくつかは特徴的な増加をある時期に示していた。この増加は1910年頃から始まっており、この時期に何らかの土壌環境の変化が起こったと推定される。年輪中の硫黄同位体比は、太宰府クスノキの硫黄源は、過去数百年は土壌・地下水であったが、この50年間は地表へもたらされた雨へ変わってきていることを示している。すなわち、1900年までの年輪は現在の土壌・地下水に見出された硫黄と同じ同位体比であるが、1900年代以降は化石燃料由来の軽い硫黄値を示していた。しかし、大気汚染環境が大きく異なる場所に生育しているクスの葉の硫黄同位体比分析結果は、太宰府クスノキは中程度の大気汚染環境で生育していたことを物語っていた。したがって、大気汚染が太宰府クスノキの枯死の直接的な原因ではないと結論された。
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