今年度は前年度に引き続き不斉チイルラジカル触媒の新規な応用を目指して研究を行った。検討を重ねる中で、硫黄と同族元素であるセレンのラジカルはチイルラジカルと比べどのような反応性の違いがあり、合成化学的に有用な活性種になりうるのかについて興味を持った。種々検討した結果、ラジカルとしての挙動はチイルラジカルに酷似していたものの、硫黄よりも酸化されやすく求電子的な活性種(R-Se+)を生じやすいことがわかった。このセレン求電子剤について文献を調査してみたところ、この化学種は炭素―炭素不飽和結合に対し高い親和性を有するため、当量試薬としてアルケンのセレノ官能基化に汎用されていることがわかった。しかしこれを触媒活性種とするアルケンの触媒的官能基化は報告が少なく、さらに高エナンチオ選択的な触媒反応は未だに達成されていなかった。そこで今回そのような新規な求電子的セレン触媒の開発を行った。その結果、不斉チイルラジカル触媒と同様の不斉骨格を基本にデザインされた求電子的セレン触媒が、不飽和カルボン酸の酸化的環化反応において非常に高いエナンチオ選択性を発現することが明らかになった。このような高いエナンチオ選択性は未だに求電子的セレン触媒の反応では達成されたことがなく、セレンが新しい不斉触媒になりうる可能性を示した有意義な研究結果である。この新規性が認められ、本結果はアメリカ化学会誌(Journal of the American Chemical Society)に受理された。
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