研究概要 |
1)研究の目的本研究課題の研究目的は, ヒトの対人関係に大きく作用する非言語コミュニケーションを理解するための突破口として笑顔に焦点を当て, 笑顔のヒト科における系統発生について実験室, 飼育下, 野生というさまざまな環境から体系的に明らかにすることである。本年度は大型類人猿における笑顔の使用場面を観察により探るため, 飼育下と野生のチンパンジー, 野生オランウータンの観察を行った。 2)成果の具体的内容飼育下チンパンジーについては, 子どものいない環境と子どものいる環境でそれぞれ同一の方法で観察し, 笑顔の頻度を比較した。その結果, 前者では60時間で10回, 後者では7時間で31回の笑顔が見られ, 子どものいる環境で笑顔が多いことが分かった。笑顔の見られた場面は子ども, または若い青年個体を含む遊び場面のみであった。子どもにはひとり遊びで笑う「ひとり笑い」も見られた。野生チンパンジーはタンザニア, ゴンベ国立公園にて観察する機会を得た。ここでも6歳と9歳の個体が遊び中に笑顔を見せていた。6歳はひとり笑いも見せていた。野生オランウータンはマレーシア, ボルネオ島のダナムバレー自然保護区を訪問し, 青年期の個体同士での遊び場面において笑顔が観察された。オランウータンは単独性であるため, 野生で表情が観察されるのは稀である。 3)意義と重要性どの対象, どの環境でも同じような状況において笑顔が見られることを確認し, さらにそれには子どもの存在が重要であることを示すことが出来た点が, 本年度の観察の意義であるといえる。子どもが遊びで笑顔を見せるというのはヒトに通ずるものがあり, ヒトの笑顔の起源はそこに見出せるのかも知れない。ヒトの観察では2歳以降, ひとり笑いはほとんど見られなくなり他者と共有される笑顔が増加してくるが, チンパンジーでは少なくとも6歳前後まで見られるという相違点も確認できた。加えて, チンパンジーやオランウータンの飼育環境にも示唆を与えるものであった。社会的で, 特に子どもを含む多様な世代の含まれた環境を用意することが, 感情豊かな彼らの生活には重要であるといえよう
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験室, 飼育下, 野生という三本立ての内の2点について, ある程度の進展が見られたため。今後も観察を蓄積していくことにより, 大きな成果を示すことが出来る。
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今後の研究の推進方策 |
観察は順調であるが, 観察だけでは研究効率として高くないため, 観察を基礎とした実験を組み合わせることにより, 今後の研究が推進していくことは間違いない。具体的には, 表情認知や表情表出を促す刺激を呈示する実験が考えられる。前者は, 受入研究機関である京都大学霊長類研究所で行われてきた研究から大きな変更が必要ないため, 早期に結果を得られる可能性がある。後者に関しては探索的にならざるを得ず時間がかかるものと思われる。
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