本研究は、言語活動を行為の特殊事例と見なし、言語的/非言語的コミュニケーションを一般的に、行為者の振る舞いとその背後にある心理とのあいだに情報チャンネルを構築することを目指した協力ゲームとして捉えることで、コミュニケーションに関わる言語的/非言語的情報を包括に扱うことのできる語用論的フレームワークを提案することを目的とする。この目標を遂行するために、本年度は、単純な行為を取り上げて行為者への心理帰属に関わる情報構造を、チャンネル理論を使って定式化するという課題を達成することを目指していた。しかしその前に、一連のフレームワークの基礎として使う予定であったグライスによる意味の分析について改めて検討し、それをどのように、そしてどの程度利用できるかを評価する必要があると考え直し、本年度はそうした基礎的な課題に焦点を当てた。 その結果として、報告者はグライスの理論が意味やコミュニケーションを分析するための基礎理論としては不適であると発見した。基本的な問題点は、グライスらの理論がもっぱら発話の場面における話者の心的状態のみに着目し、(言語的/非言語的な)発話そのものが持つ特性に目を向けていないということである。 本年度の研究は当初の予定より基礎的なものにとどまったとはいえ、いまだ語用論やコミュニケーションの理論で無批判に受け入れられがちなグライスによる意味の分析の問題点を指摘し、それをそうした分野の基礎に据えるべきでない理由を示している点で、いくつかの分野に影響する意義を持つだろう。
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