本年度は、ジャン・パオロ・ロマッツォの芸術理論とカラヴァッジョの絵画作品について検討し、両者にとって過去の芸術家の名声や様式がもった意義について検討した。具体的には、ロマッツォの著作『絵画芸術論』や『絵画神殿のイデア』を読解し、ティツィアーノやコレッジョなど、「色彩」や「光」において評価された画家にかんする言及を当時の文脈に照らして考察した。また、カラヴァッジョの制作手法への理解を深めるために、影響関係、16世紀末のローマにおける様式転換の動きについて、作品と同時代の伝記資料を中心に調査・分析を行なった。以上のプロセスによって、ロマッツォのテクストにおける16世紀北イタリアの画家たちの評価が、当時、ミラノを支配していたスペイン人たちの絵画の好みと関係していることが明らかとなった。一方で、カラヴァッジョにかんしては、16世紀末から17世紀前半のローマにおける絵画蒐集の流行との関連性に着目したことで、この画家と16世紀ヴェネツィア派との影響関係の可能性を見い出すにいたった。 また、昨年度の研究成果を踏まえ、16、17世紀イタリアの芸術作品と理論・批評テクストの分析を行ない、ロマッツォの折衷主義的絵画観の受容にかんして研究を進めた。重点的に取り組んだのは、17世紀の絵画批評の読解とナポリの画家ルカ・ジョルダーノによる過去の芸術家を模倣した作品群にかんする考察である。それによって、多くの技術的な・社会的達成を果たしたルネサンスの芸術家たちを17世紀の人々がいかに歴史化・神話化していったのかを明らかにした。 以上の諸考察を通じて、16世紀後半から17世紀にかけての様式転換の要因として、たんに当時活動していた芸術家それぞれの様式選択の問題に還元するのではなく、すでに制作され、名声に浴していた過去の作品群の蒐集、受容という側面に光を当てることができた。
|