2015年度に実施した主な研究内容を、以下、(1)現地調査、(2)理論的探究、(3)成果発表、に分けて記述する。 (1)フィールドとする障害者美術学校で2週間ほどの現地調査を行なった。具体的には、美術学校の設立20周年記念展の展示から開催までを参与観察し、あわせて来場者への聞き取り調査を行なった。これにより、当該市の障害者福祉分野における当美術学校の特異性とその重要性があらためて浮き彫りになるとともに、展示の具体的な手順、作品購入者と購入の動機、作品鑑賞の経験などに関する貴重な資料を得た。 (2)文化人類学の最新理論と哲学の諸著作を読み込み、芸術を人類学的に考えるための原理探究に努めた。とりわけ「存在論的転回」、「思弁的転回」と呼ばれる人類学と哲学における近年の潮流について批判的な視野のもとで吟味した。またフランスの画家で自閉症児の教育にも携わってきたFernand Delignyの思想と実践に注目し、論文、映像、展覧会カタログなどの資料を収集した。Delignyの実践は(3)で述べる「線を描く」というテーマとも密接に関わっており、今後の研究においても重要な視座を与えてくれると思われる。 (3)昨年度からこだわってきた「線を描く」という主題に関して文化人類学会で発表するとともに、その内容をもとにした論文を『文化人類学』誌に投稿した(現在査読中)。この論文は、上記障害者美術学校に在籍していた一人の男性生徒(故人)のドローイング(線描画制作)の実践を、デンマークの障害者福祉分野でますます興隆しつつある監査の実践と比較しながら論じたものである。本論文が出版されれば、障害者の「生」をめぐる今日の政治的状況のなかで芸術がもつ可能性を民族誌的に明らかにするという、本研究課題が当初想定していた中でもっとも困難な課題をひとまずクリアしたということができる。
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