モーリス・メルロ=ポンティの哲学を、とりわけ「表現」という概念に着目して読解し、その思想的な一貫性とあらたな意義を探るというのが、本研究の目的である。全体として、1.「表現」の概念のさらなる探求と深化、2.「表現」の概念にもとづいた後期思想の研究、3.「表現」の概念にかんするベルクソン哲学との関係、という三つの段階において達成される予定である。 三年目にあたる本年度は、このうちの3、すなわち「表現」の概念を中心として、メルロ=ポンティとベルクソンの哲学の関係および前者に対する後者の影響を調査することが課題となっている。この課題は、『知覚の現象学』から「生成するベルクソン」や「哲学をたたえて」におけるメルロ=ポンティのベルクソン論を追跡しつつ、とくに「哲学をたたえて」において、ベルクソンの哲学が「表現の哲学」と定義されていることに注目して、その分析をおこなうことで遂行された。 メルロ=ポンティは、『行動の構造』や『知覚の現象学』では、ベルクソンに対して厳しい批判をおこなっていたが、後年の「哲学をたたえて」になると、一方でベルクソニズムを従来の批判的な文脈においてとらえ、それを事象のポジティブな側面のみを強調する「肯定の哲学」として糾弾しながら、他方でそのようなベルクソニズムとはべつの、いわば「否定の哲学」としてのベルクソニズムの可能性を示唆し、そしてこの後者を「表現の哲学」と呼ぶ。ここで「表現」とは、そのうちに何らかの「否定性」をはらむ存在が、その否定性をみずから「実現」することによって自己として生成するという弁証法的な運動を表しており、メルロ=ポンティはこの「表現」の運動のうちに、ベルクソニズムの隠された本質をみている。 このように、メルロ=ポンティにおいて「表現」の概念とベルクソンの哲学とは密接に関係しており、この関係性を示すことで本年度の課題は達成された。
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