戦後日本マンガ、とりわけ子供向けのそれにおいて恋愛が頻繁に描かれるようになるまでの過程について、「ラブコメ」というジャンルに着目して研究を進めた。「ラブコメ」は1960年代の少女雑誌に掲載されていた「ロマコメ」(当時のハリウッド映画の恋愛話を翻案したような作品)が起源であり、これが時間経過と共に発展して1970年代に現在のわれわれが知るような形での「ラブコメ」が形成された、というのが従来のマンガ研究の定説であった。しかし、この定説にはいくつかの問題がある。一つは非常に単純な発展史観によって支えられている点、もう一つは史料的な裏付けのほとんどない主張である点である。1970年代以降のマンガ評論においては個々人の体験に基づいたエッセイが数多く発表されてきたが、これらは同時代的な観測として有用な知見を含むものもあれば、根拠の薄弱な憶断でしかないものもあり、まさしく玉石混交である。これは定説とされて広く信憑されてきた事柄についても同様である。したがって、これらの先行する言表・言説を学術的な議論の水準で再定位する必要がある。学説史的な再検討を加え、そこで得られた知見を基にして、一次史料に即した実証性のある歴史記述を行わなければならない。また、個人の経験を理解するための社会的環境についても、同じく社会学的・歴史学的観点から問い直されなければならない。 こうした問題意識から、1960年代から1970年代にかけての少女マンガ雑誌における変化と評論における用語法の検討をおこなった。その内容を「ラブコメの条件――用語法と概念の成立にかかわる歴史的考察」と題して、日本マンガ学会第15回大会にける口頭発表(2015年6月27日、広島市アステールプラザ)、および日本マンガ学会の学会誌である『マンガ研究』への投稿論文としてまとめた(22号、p.86-108)。
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