本研究員は、ジェンダー/セクシュアリティ理論の批判的再検討から得た着眼に基づき、精神分析という思想が独自の語義におけるセクシュアリティという概念を基盤として構成されていることを明らかにする作業を進め、これまで日本では十分に理解されてこなかったフランスの精神分析家J・ラプランシュの理論が、特異なセクシュアリティ概念を中心軸とするフロイトの思想の読解において、貴重な知見を提供しうることに注目し、その紹介に努めてきた。 今年度の研究では、英語圏を中心としたフェミニズム/クィア・スタディーズと精神分析の対話において、これまで見落とされてきたフロイトの理論的独自性を明らかにするという作業を試みた。社会構築主義的フェミニズムと、ラカン派精神分析の関係をめぐる近年の論争において、フロイトがSexualitatとGeschlechtlichkeitという二つの系のタームを相互に独立した概念として分節化したという点には注意が払われてこなかった。これらの語の概念的区別は、フロイトがセクシュアリティを性別化された主体間で生じる現象としてではなく、ジェンダー化された主体とは別の次元に位置づけたということを意味しており、「sexuation」(性別化・性化)というタームをめぐる近年のフェミニズムと精神分析の議論が、ともにフロイトの根本的な洞察を看過してきたという事実を示すものである。今年度は、この考察の成果を英語論文として発表した。
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