本研究では原虫類が産生する植物ホルモンの新規同定を行った。その結果、マラリア原虫ではサリチル酸が高濃度に蓄積しており、近縁の原虫類に見られない独自のホルモンであることが判明した。サリチル酸の過剰量添加はマラリア原虫の生育速度、生活環等に影響を与えなかった。またサリチル酸生合成酵素群はin silicoで検出されず、その合成系が既知の経路と大きく異なることが示唆された。そこで機能解析にあたり、熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparum 3D7に細菌由来のサリチル酸分解酵素遺伝子を導入し、サリチル酸欠乏原虫を作出した。この変異原虫は野生株と比較して増殖速度などに大きな差は認められなかったが、マラリア原虫が産生することが知られている炎症物質 Prostaglandin E2 (PGE2) の産生量が有意に減少していた。このことからサリチル酸とPGE2合成系の関係性、宿主免疫系を改変している可能性が示された。 この可能性を検証するため、ネズミマラリア原虫P. berghei ANKAを用い、同様に欠乏原虫を作出した。C57BL/6nマウスを用いた感染試験の結果、サリチル酸欠乏原虫ではマウス致死活性が有意に上昇しており、脳組織検査、色素漏出試験の結果、脳マラリアの重症度が有意に亢進していることが確認された。PGE2は炎症性サイトカインを介した脳マラリア発症への関与が知られている。そこで感染マウス血中でのPGE2、および各種サイトカインの定量を行ったところ、サリチル酸欠乏原虫では血中PGE2濃度が減少し、また炎症性サイトカイン産生が亢進していた。以上から、サリチル酸は宿主のPGE2および炎症性サイトカイン濃度を変化させ、宿主免疫を改変する機能を持ち、マラリアの重症度決定に関与している可能性が示唆された。
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