本研究は、西洋の思想、とりわけ言語をめぐる思想を、ラカンが「症状」と呼んだ現象を規準にして読み直そうとするものである。「言語をめぐる思想を『症状』を規準に読み直す」とは、言語の原点、すなわち言語を可能なものとしている条件は「症状としての言語」であり、これまでの西洋の言語思想は、この「症状としての言語」を捉えようとする格闘の歴史だったのではないか、という仮説のもとに思想史を再解釈することである。 研究第二年目は中世哲学のうち、言語の症状としての側面にもっとも接近したと考えられるドゥンス・スコトゥスの「個体性」の概念に注目した。中世末期の唯名論者ウィリアム・オッカムに直接的な影響を与えたスコトゥスは、存在するものはすべて個体であるとし、神もまた一種の個体、無限(無限定)の個体であるとした。何ものとしても限定・規定できない個体とは、研究第一年目でみてきたように、固有名の定義そのものであり、「症状としての言語」の特徴を捉えたものと考えられた。更にスコトゥスこの概念、すなわち「此性」に注目したジル・ドゥルーズの思想の中に、あらたな個体論のヒントを得ることができた。
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