本研究の目的は南琉球八重山黒島方言の文法を記述することである。本年度もその目的に対し、着実に成果を上げることができた。特に、品詞間の派生などについても詳細に調査できた。以下、論文化した個別のトピックについて述べる。 1. jassuという接尾辞の形式的特徴と意味的特徴について研究を行った。jassuは主文末に生起しうる接尾辞であるが、時制の接尾辞と共起することはない。主文末にたちうる接尾辞で、命令や勧誘など相手に向かって働きかける性質のものではないもので、時制の接尾辞と共起しないものは、このjassu以外ない。この点において、jassuは極めて特徴的な接尾辞と言える。さらに、意味的にも特徴的であり、話者が直前に直接経験した変化をjassuはあらわす。つまり、時間的関係だけではなく、どのようなソースからその情報を得たのか、ということをもこのjassuはあらわしているのである。 2. 従来の琉球諸方言の研究は、本土の日本語の研究の枠組みをそのまま援用してきた。そのため、先行研究では「連体形」や「終止形」など国語学の用語を使用していることがほとんどである。しかし、そのような分類が黒島方言にとっては不適切であることを示した。従来「連体形」と言われてきた形式でも文を終えることができたりするのである。また、過去形の場合だけあらわれる連体修飾構造専用の形式があることも指摘した。この形式に関しては、「連体」専用の形式であるためむしろ「連体形」と称されるべきなのであるが、今まで言及されたことがなかった。このようなことから、日本語の枠組みをそのまま黒島方言を含む琉球諸方言の研究にあてはめることは、不適切であるばかりか、重要な形式を見逃す原因になり、危険である、ということがわかった。
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