前年度までに開発した偏光敏感ヘテロダイン検出法を用いた高感度かつ広帯域なフェムト秒時間分解円二色性(Time-resolved circular dichroism: TRCD)分光法を改良するとともに、生体分子ダイナミクス研究への応用を行った。 まず、TRCD分光法によって生体分子を含む種々のキラル分子のダイナミクス測定を実現するために、光パラメトリック過程を用いた波長可変フェムト秒光源を開発した。それによりおよそ400-1000 nmの広い波長領域で誘起される光化学反応途中のCDスペクトル及び吸収スペクトルを約100フェムト秒の時間分解能で測定することが可能となった。 開発した装置の生体分子への応用として、ヒト血清由来アルブミン(HSA)タンパク質に結合したビリルビン分子の励起状態ダイナミクスの研究を行った。ビリルビンのTRCD測定と励起子カップリング理論を用いた解析から、HSAに結合したビリルビンは励起状態において10ピコ秒程度の時定数でそのキラリティーが反転することを明らかにした。このような超高速なキラル反転反応を直接的に観測したのはこれが初めてである。また、励起子カップリング理論を励起状態へと拡張することで、励起状態CDスペクトルを分子構造と直接的に結びつけることができ、光励起によって引き起こされる構造変化を本手法により容易に抽出できることを示した。分子のキラル反転は広く生体内反応や分子モーターなどでも起きていると考えられ、その直接観測は生命現象の機構解明やより効率的な分子マシンの構築といった観点からも重要な成果である。
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