本研究の目的は、インド古典文法として現代の学習者の間でも最も権威的なパーニニ文法(PG)を、同文法学派の文献の最古層から新文法学派の時代に渡って網羅的に研究し、PGの意味論において中心的な役割を果たすカーラカ理論について、それに関わる各学説の発展史的考察を行うことにある。本研究は同理論の形成から発展を、1)最古層の議論を収録する『マハーバーシュヤ』の時代、2)インド思想の揺藍期に位置する『ヴァーキャパディーヤ』の時代、3)PGが規範的性格を完全に獲得した新文法学派の時代という3つの時代に分類した上で、主に訳注研究の形式をとって行われる予定であり、本年度は電子データの作成並びに訳注の作成を計画していた。 本年度発表した研究成果は、このカーラカ理論が展開された土台であるところ古典文法は、そもそもどのような人々によって学習・教授されていたのか、という点に関してインドの祭式家の著作を参考に論じたもの(口頭発表rabhiyuktaとは誰か?」ならびにそれを論文にしたもの)と、古典文法や、それに依拠して発展したインドの言語哲学の対象たる言語とは、我々が「言語」という言葉で理解する、日常言語的なものと同様なのか否かという点を論じたもの(口頭発表「アパシャブダに意味対象は存在するか?」)である。パーニニ文法がインドの言語的かつ宗教的な歴史に深く根付いたものであることはよく知られた事実であるが、哲学的・言語学的側面にのみ注視すると軽視されてしまいがちである。これらの研究成果で再びその問題を浮き彫りにし、続く文法理論に関わる研究の土台を整えた。
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