本研究では、新しいがん診断法の開発を目的として、酵素の触媒活性を添加剤によって選択的に高速化する現象(酵素町活性化現象)に関する研究を進めてきました。当該年度では、酵素超活性化現象を応用する上で必須である、新しい視点からの作動原理の洞察をする目的で、酵素超活性化現象における無機塩の影響を系統的に調べた。まず、ホフマイスター塩として知られている7種類の無機塩を使用し、負電荷および正電荷の基質に対するα-キモトリプシン(ChT)の酵素活性を評価した。無機塩を0.2 M以上加えた場合、コスモトロピックな塩ではChTの負電荷の基質に対する酵素活性が増加したが、カオトロピックな塩では減少した。酵素活性を増減させる無機塩の順番は、ホフマイスター系列と一致した。同様の傾向が正電荷の基質を用いた場合でも確認できたことから、無機塩による活性化現象において基質の電荷依存性がないことが明らかとなった。この点は、以前報告した高分子電解質の結果と異なっていることから、無機塩に特有の性質であることが示唆された。次に、無機塩存在下におけるChTの立体構造を円偏光二色性スペクトルで評価した。コスモトロピックな塩は立体構造に影響を及ぼさなかったが、カオトロピックな塩は構造変化を引き起こすことが明らかとなった。この結果から、カオトロープ塩によるChTの不活性化は、塩による立体構造変化に起因することが示唆された。さらに、無機塩存在下における基質の溶解度を評価した。その結果、コスモトロピックな塩ほど基質の溶解度を低下させ、カオトロピックな塩ほど溶解度を増加させた。おそらく、コスモトロープ塩は基質の水和水を奪うことで、カオトロープ塩は基質に選択的結合をすることで、基質の溶解性に影響を与えたのだろう。以上より、添加剤による酵素超活性化現象は、酵素-基質-添加剤の複雑な相互作用に起因していることが明らかとなった。
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