本年度は計画に沿って文献を精力的に読み進めたものの、まとまった考察として発表するに至らなかった着想が多く、論文発表は一本に留まった。しかし、本研究課題を通して、今後の「産みの哲学」のさらなる展開に繋がる基礎的な作業は終えることができたと考えている。 本年度に発表した論文は、「産みの人称性と性的差異:「誕生肯定」再論としての「産む男」試論―「産み」の哲学に向けて(3)」(『現代生命哲学研究』大阪府立大学)である。本論文では、死の人称性と対比させながら産みの人称性を考察し、その特徴を「異質的複数性」として提示した。「異質的複数性」とは、同質的な個人が並列する複数性ではなく、性的差異によって区分される男女とそこから産まれる子どもという差異化された複数性のことである。その上で、この「異質的複数性」を把握する手がかりとして、Mary O’BrienのThe Politics of Reproduction (1981)を参照し、射精によって男は産みから疎外されるというその主張に一定の妥当性を認めた上で、その疎外の克服については十分な回答が与えられていないことを指摘した。最後に、森岡正博が主題化した「誕生肯定」という概念を、私が他者に、そしてまた他者が私に向ける相互的な誕生肯定として理解することが、男の産みからの疎外を克服する一つの可能性ではないかと主張した。 また本年度には、昨年度に発表した論文、「フェミニスト現象学における「産み」をめぐって―男性学的「産み」論の可能性」(『女性学研究』大阪府立大学女性学研究センター)に対して、南山大学社会倫理研究所から第9回社会倫理研究奨励賞審査員賞を受賞した。それに伴い、この受賞論文を中心として、本研究課題で取り組んできた「産みの哲学」についての講演を2016年4月に同大学で行う予定である。
|