本年度は、鑪製鉄業を総体的に把握し、その過程を通して近世社会の解明にアプローチすることを目的として研究を進めた結果、以下の実績をあげることができた。 (1)新史料の開拓による研究基盤の拡充 前年度からの継続となる加計隅屋文書(広島大学図書館寄託)に加え、五嶋屋文書(島根県江津市役所所蔵)の調査・収集を行った。これにより、従来研究素材としてきた中村家文書(島根県江津市桜江町)に不足していた、大阪鉄座政策期の史料を補填すると共に、研究対象を地域的・分野的に拡大することが可能となった。 (2)研究対象地域の拡大 従来進めてきた石見銀山領における鑪製鉄業史研究の成果を基盤としながら、加計隅屋文書を分析することで、大坂鉄座政策期の広島藩北部における鑪製鉄業の実態を明らかにした。この成果は論文化し、『広島経済大学経済研究論集』第37巻3号の誌面上で発表した。 (3)鑪製鉄業をめぐる産業に関する分析 鑪製鉄業をめぐる諸要素の内、鉄流通に焦点をあて、近世期を通じて重要な位置にあり続けた大坂鉄市場に関する分析を行った。その結果、18世紀後期における、鉄流通の構造変化の萌芽を示すことができた。この成果は論文化し、『中国四国歴史学地理学協会年報』第11号の誌面上で発表する予定である。 以上、流通史の視点を導入して鑪製鉄業の展開を明らかにすることにより、産鉄地域における経済構造変化の要因に言及することができた。本年度の研究実績は、これまで明らかにしてきた石見銀山領における鑪製鉄業の展開が、他地域でも同様にみられることを示した点で、従来地域ごとに進められてきた鑪製鉄業史研究を総括し、鑪製鉄業の総体的把握を進める上で重要だと言える。
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