本研究は粉末X線回折法に基づくX線異常散乱現象を用いた測定手法であるDiffraction Anomalous Fine Structure (DAFS)法について,特にPowder Diffraction Anomalous Fine Structure (P-DAFS) の開発及びリチウムイオン電池正極材料への応用に関して,系統的かつ包括的な研究を実施した. 本年度ではLiを電気化学的挿入脱離したリチウムイオン電池正極材料Li1.11Ni0.89O2を対象に,層間のLiサイトとホストNiO2層をそれぞれ占有するNiの価数状態と局所構造を,新たに開発したP-DAFS法を用いてサイト選択的に調査した.その結果,層間Niはホスト層Niに比べ電気化学的活性が非常に低いことが明らかとなった.また,これまで技術的に非常に困難とされていたextended-DAFS解析を実用材料である電極材料に初めて適用した.その結果,サイト選択的なNiの局所構造変化から,初回充電時に層間Ni周りでの岩塩型のNiO-likeドメインが形成されることが示唆された.層間でのNiO-likeドメインの形成により,層間の距離は減少し,Li1.11Ni0.89O2とNiO-likeドメイン間の格子ミスマッチに起因する歪エネルギーが生じる.このことにより,後続のLiの挿入は速度論的にだけでなく熱力学的にも阻害される.このような効果はNiO-likeドメインの電気化学的活性をも低下させていると考えられ,結果的に初期充電後の相当量の不可逆容量の引金となるだけでなく,隣り合うNiO2層を強固に繋ぐピラーとなると考えられる.P-DAFS法を用いて,異なる結晶学的サイトを占有しLiと位置交換が可能な遷移金属を区別できるようラベリングすることにより,電池電極材料における電荷補償機構並びに劣化機構の包括的な理解を行うことで,リチウムイオン電池中で逆格子欠陥を積極的に用いた新たな材料設計が行えると期待される.また本手法を基にした,異常散乱を用いたその場測定や単粒子試料を対象とした測定手法開発に対して指針を示した.
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