ヴァティカン宮殿「コンスタンティヌスの間」壁面に表された教皇像を対象とした研究を実施し、各像の衣装および周囲の装飾モティーフと中世図像との関連を論じた。 「コンスタンティヌスの間」は、教皇レオ10世(在位: 1513~21年)と教皇クレメンス7世(在位: 1523~34年)という2人のメディチ教皇の在位期間中1519~24年の間に、ラファエッロの構想を引き継いだ徒弟たち、ジュリオ・ロマーノとジャンフランチェスコ・ペンニによって装飾された広間である。壁面には、初期教会の建設と発展に貢献した8名の教皇が描かれている。各像は玉座に座し、祭礼用の衣服を身にまとい三重冠を頂いた姿であり、頭上には天蓋が掛けられている。研究代表者はこの図像構成に着目し、とりわけ天蓋が傘(ウンブラクルム)と類似した形状をもつことを指摘した。この傘の形状に似た天蓋は、ローマ教皇を表した中世絵画において、教皇が地上において有する権威を象徴するモティーフとして、教皇権と皇帝権の対立が激化した13世紀中頃以降よりローマの聖堂装飾や写本挿絵に描かれるものである。サンティ・クアットロ・コロナーティ聖堂やサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂といったローマの諸聖堂に加え、コンスタンティヌス帝が献堂したサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の内部装飾との比較を通じ、中世の教皇庁が経験した皇帝権との闘争、その図像への反映が、16世紀の装飾事業においても把握されていた可能性を論じた。そして、傘と組み合わされた教皇像の表現は、ローマ教会ならび教皇が伝統的に保持する権威を効果的に示す目的で、意識的に選択されたものと考察した。 こうした研究によって、従来のラファエッロ研究においては必ずしも重要視されていなかった13世紀の美術作品との繋がりを提示し、中世以来のキリスト教の図像伝統との関わりについて具体的な作品を挙げ検討することができた。
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