種間交雑では,しばしば胚乳発生異常など種子形成時の生殖的隔離が障害となる.ハクサイやカブ等を含むBrassica rapaとダイコンを含むRaphsnus sativusの種間交雑では,胚乳発生の異常が生じる.しかしながら,B. rapa品種の「聖護院カブ」を種子親として用い,R. sativusの花粉を交雑した場合には,例外的に低頻度ながらも種間の生殖的隔離が打破される.これまでに,雑種形成能力を有する「聖護院カブ」と雑種形成能力のない「チーフハクサイ」を用いた遺伝解析から、B. rapaの雑種形成能に関わる3つのQTLを同定し,その内、2つのQTL領域内に座乗するBrFIE及びBrMSI1の2つの遺伝子において,機能に影響を及ぼすと推定されるフレームシフト変異を見出している.
BrFIEおよびBrMSI1は,ポリコーム複合体構成因子をコードしている.ポリコーム複合体は、MADS-box転写因子であるPHE1やAGL62の発現を抑制することで正常な胚乳発生を制御している.そこで,B. rapaのポリコーム複合体標的遺伝子と推定されるBrPHE1及びBrAGL62について,自殖種子及びR. sativusとの雑種種子での発現解析を行った.自殖・雑種種子に関わらず「聖護院カブ」由来のゲノムを持つ場合,標的遺伝子の発現レベルは「チーフハクサイ」のそれらより低い傾向にあった.このことから「聖護院カブ」では,恒常的にポリコーム複合体による標的遺伝子の制御が強く,それによって種間交雑でも胚乳発生に関わる遺伝子を正常に制御することができているため,生殖的隔離を打破している可能性が考えられた.
ナチュラルバリエーションの中から,生殖的隔離を引き起こす因子としてポリコーム複合体の関与を示したのは初めての結果である.ポリコーム複合体の種内変異の重要性を示した例はこれまでになく,本研究成果から種間交雑で見られる生殖的隔離の分子機構に関与する重要な知見を得ることができた.
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